2010年04月

ここでは、2010年04月 に関する情報を紹介しています。
先日、「うつ病の家族への対応マニュアル」の無料ダイジェスト版を読まれた方から、感謝のメールをいただきました。

ダイジェスト版読ませていただきました。
どう接していいのか分からず悩んでいたところでしたので、すごく助けられました。

今までは、何も行動を起こせない姉が理解できず、常に、お姉ちゃんならできるよ。とか頑張れとか、これ以上お母さんを困らせたらあかんとか、ひどいことばかり言ってしまっていました。
そのせいか、症状はひどくなるばかりで、5年ほど続いています。

教えていただいたとおり、話をよく聞き、お姉ちゃんの気持ちになって接するようにしています。
そうするだけで、すごく元気になってご飯を作ったりできるように少しづつなってきているようです。

このまま、母と協力し、元気になれる日を願って、頑張ろうと思います。
ありがとうございます。

さっそく実践してくださり、このようにすばらしい結果を出してくださっているのを、私もうれしく拝見しました。

愛は技術である


『「人望」とはスキルである。』(伊東明著 光文社)という本があります。この本の中で、著者の伊東先生がこんなことをおっしゃっています。

 人望とはなんぞや、人望とは何か……。
 あなたは人望の研究家ではないはずだ。あなたがほしいのは人望そのもののはずだ。たとえば、

・リーダーとして人をうまく動かしたい
・部下に気持ちよくついてきてほしい
・お客さんに好かれたり、信頼されたい

 といった目的があるのだろう。そこまで目的がはっきりしているのなら、「人望とはなにか」についてあれこれ考えているよりも、人望を得るためにどのようなことから実践するか、どんなアクションを起こすべきかを考えたほうがいいのではないだろうか。
 そして今すぐにでも行動を変えること。それが人望を得る近道なのである。

 それはたとえば、こんなことからすぐに実践できる。
 「おまえ、それは違うよ」と否定する前に、ウソでもいいから一言「おっ、なるほどな」「きみの考えはそうなのか」と言うこと。
 部下が大きな声であいさつしてきたとき、「あぁ」と適当な返事をしたり、無視したりせず、「おっ、元気がいいね!」「いい声だね!」という一言で返すこと。
 そんな些細な違いから、「人望がある」か「人望がない」かの差が生まれるのである

要するに、人望やリーダーシップに関する理論を学んだり、リーダーシップのあった先人たちの生き方を学んだりすることもいいけれど、結局、「具体的に何をしたらいいか」というスキル(技能、身につけた技術)を学び、それを実践することでしか人望は身につかないとおっしゃっているわけです。

反発を覚悟して言いました


私は、いわゆる援助職の方々の研修会などで教える仕事もしていますが、先日のセミナーで、こんな話をしました。

愛は技術です。


この言葉に、多くの方が抵抗を感じるだろうと思います。あなたもそうかも知れませんね。私は、反発を覚悟の上で、わざとこういう言い方をしました。

もちろん、テクニックだけでは愛は伝わりません。愛は心です。

「医は仁術」などと言いますね。私たちは、知識や技術はあるけれど、人を人として大切に思う心のないお医者さんにかかりたいとは思いません。

しかし、考えてみていただきたいのです。やる気はあるけれど技術はないというお医者さんがいたとして、その人にあなた自身や、あなたの大切な家族の命を預けたいとも思いますか? 思わないのではないでしょうか?

技術のない医者は、患者を殺します。だから医者になるには、技術を磨くための、長い長い訓練の期間を経なければならないのです。

テクニックで人をいやすことはできません。愛が人をいやします。その通りです。

しかし、どんなに相手を愛していたとしても、「愛し方」「愛の表し方」「愛を伝える技術」を知らなければ、それはかえって余計なお世話になってしまうかも知れません。

だから、私は誤解を恐れず、反発を覚悟して言いました。「愛は技術です」と。

技術なら習得可能


エーリッヒ・フロムという人が「愛するということ」(紀伊國屋書店)という本の中で、まさに「愛は技術だ」と言うことを主張しています。そして、彼は言うのです。

愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。それとも、愛は一つの快感であり、それを経験するかどうかは運の問題で、運がよければそこに「落ちる」ようなものだろうか。この小さな本は、愛は技術であるという前者の前提のうえに立っている。しかし、今日の人びとの大半は、後者のほうを信じているにちがいない。

愛が技術であり、知識と努力が必要だということは、裏を返せば、愛は天賦の才能などではなく、知識と努力によって、習得可能なものだということです。

患者さんに対する愛が深いとか浅いとか、本物だとか偽物だとか、そんなことはどうでもいいのです。そんな哲学的な悩みは、患者さんが治ってからたっぷり取り組めばいいです。患者さんが求めているいくつかの具体的な行動を、実践するかしないか。私たちに問われているのは、そこなのです。

あなたの愛は申し分ないから


あなたの、うつ病の患者さんに対する愛は、親として、配偶者として、上司として、友だちとして、恋人として、申し分ありません。

ですから、その上に愛の表現技術を学んで実践なさるなら、あなたの愛はさらに相手をいやし、生かします。そして、その表現技術とは、決して難しいものではありません。

最初に紹介した方は、それを実践なさいました。そして、患者さんは、これまでよりもずっと楽になりました。あなたも、ほんのちょっとした技術を学んでみませんか?

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